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グラニースミス

オーストラリアの話です。1800年代イギリスから来たスミスさんが、腐ったりんごを捨てたあと、そこから芽が出て成長し、実をつけた。
試食したところ美味で、これを「グラニ−スミス」(スミス婆さん)として売り出した。
果皮は明るい緑色。
果肉は甘くて酸味もあり果汁は豊富。青りんごの世界的な品種になりました。特にヨーロッパやアメリカで栽培されサラダやパイにまた小粒なので丸かじりも。日本にもニュージーランドからやって来ます。

日本生まれの印度林檎
印度の名前は、青森県弘前市の東奥義塾の塾頭がアメリカのインディアナポリスに留学中日本に送った種子から生まれた説とアメリカ人教師ジョン・イングがインディアナ州より持ち帰った種子から生まれた説がある。
大きくて腰高、緑黄色で日にあたった部分が赤褐色になる。甘味が強く酸味はない。貯蔵がきき、一世を風美したが嗜好の変化で衰退してしまい、残念です。

「祝」御成婚
秋の季節を待たずに出てくる青いりんご。噛めばパリッと固い果肉と爽やかな味。
「祝」(いわい)は、明治初年アメリカから導入したりんごのひとつ。原名をジョセフィン・クリウテルといいます。ところが、産地によっていろいろな呼び名をつけられ、統一する事になり、明治33年に大正天皇御成婚を奉祝して「祝」と付けられました。
最近は、ふじの長期保存と赤いりんごに押されて市場人気が今ひとつ。ジュウシーで爽やかな味なんだけど。
宇宙りんご「旭」
北海道開拓史の導入したりんごの苗のひとつにマッキントッシュ・レッドという早生種があった。酸味のきいた味で、その赤く輝く美しさから「旭」(あさひ)と名命されました。
生産量は減少したのですが、宇宙飛行士の「毛利 衛」さんが、スペースシャトル内に持ち込んで、余市町の小学校と行われた宇宙授業の教材に使い、初めて宇宙を飛んだりんごになりました。
お相手は!「つがる」編
初秋に出まわる「つがる」は、1930(昭和5)年青森県りんご試験場が、ゴールデン・デリシャスの実生から選抜育成した品種です。
果汁が多く甘味が強く生食にむくやさしい味に秋を感じます。特に無袋の「サンつがる」は、光沢と美しい赤色が人気です。
長い間、掛け合わせ品種が分からなかったのですが、このほどDNA鑑定にて相手が判明しました。実は、「紅玉」(こうぎょく)でした。なるほど、ピカピカの紅色は血すじそのままですね。
人気「スター」は太陽
今世紀初めにアメリカのニュージャージー州で、デリシャスの枝変わりとして誕生。苗木商のスターク商会が「スターキング・デリシャス」と命名。発表当時、苗木1本5千ドルと高価で人気と期待は桁はずれでした。
濃紅色になれば果肉は締り、完熟すれば蜜が入り肩が張り、腰高でスターそのものでした。
英語が禁じられた戦時中は、「太陽」と呼ばれていました。りんごの挿絵は、スターがよく使われていましたね。しかし、次々と現れる新スター達にその座を明け渡しています。
ロー628番の林檎
「ふじ」 このりんごの名前を知らない人は少ない。生産量も日本一である。
ふじは、昭和15年青森県藤崎町の交配品種で、定盛昌助氏が試した42通り4656分の1の品種です。
成った果実の中には、糖度の高いものや食味の優れたものも何点か有りましたが、翌年まで腐らず味はおいしくなり、昭和37年品種登録されました。
当時で一番硬い「国光」と人気の「デリシャス」を親にもつ「ふじ」の命名は、日本一になってほしい・発祥が藤崎・2つとない林檎の意味です。
今でもその原木は岩手県に、株分けの木が藤崎に有ります。
冷蔵技術の進歩で、今や一年中食べられる林檎、「ふじ」はその中でも、超果実です。
ビタミンFをもつりんご
「ジョナゴールド」はゴールデン・デリシャスと紅玉の交配で生まれました。昭和45年に秋田の果樹試験場が導入した甘酸とも濃厚な人気品種です。
りんごは,成熟が進むうち多い少ないはあるが「油あがり」と呼ばれる「ワックス」が出てきます。特に出やすいのがサン(無袋)ジョナです。
原因は果実の保護の働きをするリノール酸やオレイン酸です。果実が代謝作用で排出したもので栄養価もあり無害です。
近年、研究が進み「リノール酸」=「ビタミンF」として注目されています。
ジョナゴールドは、お菓子作りにも適してます。ジャムを作る時は、むいた後の皮も入れましょう。とてもきれいなピンク色に成ります
「国光」日本のりんごの原点が
明治8年にアメリカから導入された苗は、開拓使の黒田長官によって全道に配布された。ほとんどの農家が半信半疑の中3年後、大切に育てた余市町の金子安蔵氏が7つを収穫したのが「国光」です。
同時に、赤羽源蔵氏が6つ「緋の衣」を収穫。これが、日本で初めてのりんごの結実でした。明治13年に開かれた農業博覧会の出品で、りんごの栽培は盛んになり明治30年には4万箱を生産し、海外への輸出も始まった。
「国光」は1960年代まで、果肉が硬く、酸味もあり、生食だけでなく「焼きりんご」「りんごジャム」「りんご酒」など幅広く利用され、りんご産業を支えていました。
血筋は引き継がれ、ふじ・金星・北斗・千秋など主力品に伝わっています。
10 未希ライフ
1986(昭和61)年、青森を舞台とした、NHKのドラマが、放送された。
「いのち」女医が主人公で、りんご農家の大変な様子や戦後の農地改革で、力の逆転が起こったり、老人問題までも、取り上げていた。
その主人公の名前「未希」と題名のいのちから「ライフ」を取って、名前を付けられたのが『未希ライフ』です。「つがる」と「千秋」を親に持ち、早生ながら、甘く硬いのが、特徴です。
1度食べた人は、ほとんどが、ファンになるほど、くせが、無くて美味しいりんごです。
まだ、栽培面積が、少ないので需要を満たしてはいないのですが、これからのエース候補NO.1です。
11 ゴールデン・デリシャス
1995(平成7)年、アメリカのワシントン産のりんごの「レッド・デリシャス」と「ゴールデン・デリシャス」の輸入が解禁された。
歴史的瞬間の一コマ。
元々、アメリカ生まれの「ゴールデン・デリシャス」が日本に入ってきたのは、1923(大正12)年のこと。
果皮が鮮黄色で美しく、果肉は淡黄色で完熟すると特有の芳香があり、果肉は緻密。甘酸のバランスも良い。
デリシャスの枝変わりでバージニア州が原産の黄色いりんごだ。
ワシントン大学のR・A・ノートン博士は、日米のりんご文化の違いをこう指摘する。
「日本のりんごは切って食べる」が「欧米は丸かじりが常識」
だから「日本は大玉」が「欧米は小玉」が人気がある。
そう言えば、ジーンズで磨いてりんごを食べるシーンは、不思議と絵になるね。
12 アルブス乙女
ふじと紅玉の混植園で発見された偶発実生。
北アルプスのふもと松本市生まれのミニりんご(平均35g)。
「ふじ」と「紅玉」の混植園で発見された偶発実生。
北アルプスのふもと松本市生まれのミニりんごで、平均重量は35gと可愛いりんごです。
サラダや料理の飾りに利用されるほか、観賞用としても栽培されています。
りんごは食べるものだという概念を変えたりんごですね。
味は、あまり期待しないで下さい。
13 陸奥(むつ)

1930(昭和5)年に青森りんご試験場で交配されました。
「ゴールデン・デリシャス」×「印度」
その種子がりっぱに実をつけて「陸奥」と命名されたのは
1948(昭和23)年。気が短い方には待てない時間ですね。
陸奥は果肉が白く緻密で多果汁です。
甘酸っぱく香りが良いのとふじと同じくらいの貯蔵性が
あって、だんだんと酸味が消えて味が一番変化すそんな不思議なりんごです。
イギリスの品評会で「キング・オブ・アップル」と評された。
さて、まだ色について書いていませんね。
陸奥ほど無袋と有袋と色の違うりんごはありません。
赤い陸奥は有袋で作ります。青い陸奥は無袋栽培です。
その他にも袋をはずさないまま収穫した「ホワイト陸奥」
ヨーロッパの陸奥はもちろん青いままです。
あちらでは「クリスピン」(カリカリ?)と呼ばれています。
そんな感じの歯ごたえのりんごです。
14 日本生まれの世界一
「デリシャス」×「ゴールデン・デリシャス」を交配して
育てられた超大果品種のりんごです。
果重は500〜600gとすごく大型です。
中には1kgを超えるものも珍しくないのです。
形は円錐状で果色は橙紅色に紅色の縞が入ります。
果肉は堅め味は軽めでサクサクした歯ざわり。
「重」「厚」「長」「大」が、りんごの価値を決める
としたなら、世界一はまさに世界一です。
りんごの栽培が始まって4000年以上です。
わずか150年の歴史しかない日本。
神果と言われたりんごは人にとっても貴重な果実です
15 茜さす
親は「紅玉」と「ウースターペアメイン」
果樹試験場盛岡支所が、1939年に交配して、1970年の「茜」と命名されました。
果皮は鮮やかな茜色で全体に着色します。酸味があり、味はさわやかです。
母親の紅玉ゆずりの強い酸味と良い香りのりんごです。
お菓子作りにも最適で焼きりんごは非常に美味です。
この紅色と香りは他に類を見ないほど強烈で、まさに絵になるりんごです。
今この時代だからこそ、この酸味が大切にされるべきなのかも知れませんね。
16 金星

鮮やかな黄金色から、その名前がつけられました。
国交×ゴールデンデリシャス
部分的に薄い紅色が付いたりします。果皮に親ゆずりの斑点があります。
甘味が多く、酸味は少ないです。保存も長期の部類です。
金星は1954(昭和29)年、弘前市の佐藤肇氏が国交とゴールデンデリシャスを交配して育成しました。
始めの名前は「金嶺(きんれい)」後に改名しました。
まだ「王林」も世に誕生していなかったので、黄緑系で甘いということで、
赤いりんごの中でひときわ目立っていました。
スターと金星
そのころ、この2つは高級品として贈答されていたそうです。
もうスターはいなくなってしまいました。
でも金星は生きていて、美味しい味覚を提供してくれています。
そう言えば、金星を取ったお相撲さんは、ずっと年俸に影響するそうな。
お隣の惑星だしね。
17 さんさ
りんごの輸入は1994(平成6)年から始まりました。
その第1段としてニュージーランドのりんごが解禁になり、ニュージーランドと日本は果実の開発も共同研究を行いました。
ニュージーランド科学産業研究所との成果として誕生したのが「さんさ」です
1969(昭和44)に「ガラ」×「あかね」を研究所のマッケンジー博士が交配して、その種子を盛岡で育成選抜。
盛岡のさんさ踊りから「さんさ」と命名されました。
果色、食味、日持ちも良く、懐かしい系の味りんご 国際化するりんご達の象徴的な品種です。
18 王林
1938(昭和13)年、福島県伊達郡桑折町の大槻只之助氏が「ゴールデン・デリシャス」と「印度」を交配した種子をまき、その中から育ったりんごの試食を繰り返しました。
それから14年後のこと、たまたま食べたりんごが素晴らしく美味でした。
そこで大槻さんは「このりんごこそ理想としていたりんごの王様だ」との思ったことから「王林」と命名したのです。
今ではこの黄色い王林は、独特の香りと食感と酸味が少ないという味で消費者にも人気者です。酸味が少ないから甘さを強く感じるんですね。
19 時代を駆け抜けたりんご「紅玉」

「紅玉」は、明治初年開拓使によってアメリカから導入されました。
「国光」と共に日本のりんごの2大品種として長い間時代を駆け抜けた品種が「紅玉(こうぎょく)」
色とつやが美しく、肉質も良好、食味も甘く酸っぱく皮をむいても変色しにくいし、調理や加工にも適する。
りんご好きな人は、これぞりんごと絶賛する品種です。
明治・大正・昭和そして平成と時代を超えてそこにある
まさにりんごのトップランナー
「紅玉」の現名は「ジョナサン」
「ジョナサン」とは人の名前で、紅玉を広めた「種まきジョニー」というニックネームで呼ばれた「ジョナサン・チャップマン」からとって命名されました。
ジョナサン氏はアメリカのリンゴ史に残る大恩人で、アメリカがまだゴールドラッシュの殺伐とした西部時代に放浪の旅をしながら40年以上の間りんごの種を配って歩いたのです。
彼の功績は今、日本でも美味しいりんごになって享受されています。

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